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東京地方裁判所 平成9年(ワ)26358号 判決 1999年3月26日

千葉県船橋市西船一丁目二番一六号

原告

増田哲朗

同所

増田良枝

原告ら訴訟代理人弁護士

椙山敬士

堀井敬一

岩崎晃

東京都千代田区霞が関三丁目三番三号

被告

社団法人日本旅行業協会

右代表者理事

松橋功

右訴訟代理人弁護士

風間克貫

畑敬

植松勉

野口耕治

主文

一  被告は、原告増田哲朗に対し、金一五〇万四九一二円及びこれに対する平成九年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告増田哲朗のその余の請求を棄却する。

三  原告増田良枝の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告増田哲朗に生じた費用の五分の四及び被告に生じた費用の五分の三を原告増田哲朗の負担とし、原告増田良枝に生じた費用の全部及び被告に生じた費用の五分の一を原告増田良枝の負担とし、原告増田哲朗に生じたその余の費用及び被告に生じたその余の費用を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  請求

一  被告は、原告増田哲朗に対し、金六九三万五七〇九円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告増田良枝に対し、金三〇万円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告増田哲朗(以下「原告哲朗」という。)は、元横浜商科大学教授であって、国際観光論を専門とする学者であり、原告増田良枝(以下「原告良枝」という。)は、原告哲朗の妻であり、挿絵画家である。

(二)  被告は、旅行業法に基づき、運輸大臣から指定を受けて、旅行者及び旅行に関するサービスを提供する者からの旅行業者等の取扱った旅行業務に対する苦情の解決や、旅行業務の取扱に従事する者に対する研修等を行う社団法人である。

2(二)  原告哲朗は、昭和五四年以来、被告から、数度にわたり、被告の主催する旅行業務取扱主任者研修及び旅行管理研修等に使用する教材である「観光地理概説第一巻」(以下「教材A」という。)、「国際旅行実務の英語(解釈編)」(以下「教材B」という。)、「Living Englishing Travel Business-Basic」(以下「教材C」という。)、「海外実務編」(以下「教材D」といい、「教材A」、「教材B」、「教材C」及び「教材D」をまとめて「本件各教材」という。)の原稿の執筆を依頼され、順次、これらの原稿を完成させて被告に引き渡した。原告良枝は、本件各教材の挿絵を描き、その著作権を原告哲朗に譲渡した。

(二) 別紙上段の挿絵(以下「本件挿絵」という。)は、平成六年度版の教材Aの挿絵であり、原告良枝の著作物である。

3(一)  原告哲朗は、昭和五四年ころから、被告との間で、本件各教材につき、印税額は、教材一部当たりの頒布価格の一割に本件各教材の出版部数を乗じた金額とし、被告は、原告哲朗に対し、一年分の印税を一括して支払うという約定により出版許諾契約を締結し、被告は、これに基づいて本件各教材を出版し、原告に対し、印税を支払ってきた。

(二)(1)  六年度の本件各教材の印税額は、教材Aは一〇七万九五二〇円、教材Bは六七万五五〇〇円、教材Cは八九万一五〇〇円、教材Dは七六万八八二〇円である。しかし、被告は、印税として、教材Aにつき七二万八五二八円、教材Bにつき四八万四三二二円、教材Cにつき五四万九〇五四円、教材Dにつき五二万三五四一円を支払ったのみであり、その余を支払わず、未払額は、教材Aにつき三五万〇九九二円、教材Bにつき一九万一一七八円、教材Cにつき三四万二四四六円、教材Dにつき二四万五二七九円あり、未払額の合計は、一一二万九八九五円である。

(2)  平成七年度の本件各教材の印税額は、教材Aは一〇三万九六八〇円、教材Bは六二万九七〇〇円、教材Cは八七万六七〇〇円、教材Dは七三万五〇二〇円である。しかし、被告は、印税として、教材Aにつき四一万八八一九円、教材Bにつき二八万五九一一円、教材Cにつき三七万九〇二二円、教材Dにつき四二万一二五四円を支払ったのみであり、その余を支払わず、未払額は、教材Aにつき六二万〇八六一円、教材Bにつき三四万三七八九円、教材Cにつき四九万七六七八円、教材Dにつき三一万三七六六円であり、未払額の合計は、一七七万六〇九四円である。

(3)  平成八年度の本件各教材の印税額は、教材Aは一二八万六〇八〇円、教材Cは二九万四五〇〇円、教材Dは一〇八万九一四円であって、平成八年度の印税の合計は二六万九七二〇円である。しかし、被告は、平成八年度の印税を支払っていない。

(4)  右の平成六年度、平成七年度及び平成八年度の未払印税額の合計は、五五七万五七〇九円である。

4(一)  平成七年に旅行業法が改正されたことに伴い、従前の一般旅行業務取扱主任者試験では単独科目であった「政治、文化、地理」が新たに「海外旅行実務」を構成する科目の一つとし「主要国の観光に関する知識」と位置づけられた。被告は、その初年度に当たる平成八年度の取扱主任者研修のために、新旅行業法の趣旨に沿った教本を作成する時間的余裕がなかったので、テキストには従来の教材Aを用いることとしたが、全国各地の研修会場で新旅行業法の趣旨に沿った均質的な講義を行うための講師用手元資料として教本シラバス(正式名称は「海外旅行実務・観光地理概説」、以下「本件シラバス」という。)を作ることとした。

(二)(1)  被告は、平成八年一月ころ、原告哲朗に対し、本件シラバスの執筆を依頼し、原告哲朗と被告は、本件シラバスについて、平成八年度一回限り一五〇部が印刷されること、出版許諾の対価は、執筆料として一括払とするが、金額については後日原告哲朗と被告が交渉の上決めることに合意した。

原告哲朗は、同年四月一一日、原稿用紙二七二枚の本件シラバスの原稿を被告に引き渡した。

(2)  被告は、平成九年三月二〇日、原告哲朗に対し、本件シラバスの執筆料を原稿用紙一枚あたり五〇〇〇円の計算で算出して総額一三六万円とすることを提案し、原告哲朗はこれに同意し、これにより、本件シラバスの執筆料の金額について合意が成立した。

(3)  仮に本件シラバスについて執筆料を支払うという合意が平成八年一月ころに成立していなかったとしても、遅くとも、被告が原告哲朗に対して執筆料の金額として一三六万円を提案した平成九年三月一〇日までには、本件シラバスについて執筆料を支払うという合意が成立していた。

5  本件シラバスについて執筆料を支払うという合意が成立しなかったとすると、原告哲朗は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、執筆料相当額一三六万円の返還を求める。

6(一)  平成七年度版の教材Aの挿絵は、別紙下段のとおりである。

(二)  被告は、平成七年度から本件各教材の印刷会社を変更し、その際、故意又は過失により、版下を引き継がず、複製物から複製して版下が作成されたため、同年度版の教材Aの挿絵の画質は著しく悪く、それにより、原告良枝が本件挿絵について有する同一性保持権が侵害された。

(三)  これにより、原告良枝は精神的苦痛を被り、右精神的苦痛を慰謝するに足りる金銭は三〇万円である。

7  よって、原告哲朗は、被告に対し、本件各教材の出版許諾契約に基づく未払印税五五七万五七〇九円及び原被告間の合意に基づく本件シラバスの執筆料一三六万円(予備的に不当利得金一三六万円)の合計六九三万五七〇九円並びにこれに対する請求の後である平成九年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。また、原告良枝は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、三〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成九年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実のうち、原告哲朗が元横浜商科大学教授であること、原告良枝が原告哲朗の妻であることは認め、その余は知らない。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実のうち、原告良枝が、本件各教材の挿絵を描き、その著作権を原告哲朗に譲渡したことは、知らない。その余は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、本件挿絵が平成六年度版の教材Aの挿絵であることは認め、その余は知らない。

3(一)  請求原因3(一)の事実のうち、原告哲朗と被告が昭和五四年ころから平成五年度まで、本件各教材につき、印税額は、教材一部当たりの頒布価格の一割に本件各教材の出版部数を乗じた金額とし、被告は、原告哲朗に対し、一年分の印税を一括して支払うという約定により出版許諾契約を締結し、被告がこれに基づいて本件各教材を出版し、原告に対し印税を支払ってきたことは認め、その余は否認する。

(二)(1)  同3(1)の事実のうち、被告が、平成六年度の印税として、教材Aにつき七二万八五二八円、教材Bにつき四八万四三二二円、教材Cにつき五四万九〇五四円、教材Dにつき五二万三五四一円を支払ったことは認め、その余は否認する。

(2)  同3(二)(2)の事実のうち、被告が、平成七年度の印税として、教材Aにつき四一万八八一九円、教材Bにつき二八万五九一一円、教材Cにつき三七万九〇二二円、教材Dにつき四二万一二五四円を支払ったことは認め、その余は否認する。

(3)  同3(二)(3)の事実は否認する。

(4)  同3(二)(4)の事実は否認する。

4(一)  請求原因4(一)の事実は認める。

(二)(1)  同4(二)(1)の事実のうち、被告が、平成八年一月ころ、原告哲朗に対し、本件シラバスの執筆を依頼し、原告哲朗と被告が、平成八年度に一回限り一五〇部が印刷されることに合意したことは認め、その余は否認する。

(2)  同4(二)(2)の事実は否認する。

(3)  同4(二)(3)の事実は否認する。

(4)  シラバスは、講師の手元用資料であるから、これに対して対価を支払うことはない。被告は、原告哲朗が本件シラバスの執筆料の支払を強く求めたため、被告内部において、被告が原告哲朗から著作権の譲渡を受ける原稿買取方式であれば、原稿用紙一枚当たり五〇〇〇円で算出した執筆料一三六万円を支払うこともやむを得ないと決めた。

被告は、平成九年三月二八日、覚書を原告哲朗に示し、原告哲朗が被告に著作権を譲渡するなどの右覚書記載の条項に基づき、本件シラバスの執筆料一三六万円を支払う旨の申入れをしたが、原告哲朗がこれを承諾しなかったため、本件シラバスの執筆料を支払うという合意は成立しなかった。

5  請求原因5の主張は争う。

6(一)  請求原因6(一)の事実は認める。

(二)  同6(二)の事実のうち、被告が平成七年度から本件各教材の印刷会社を変更したことは認め、その余は否認する。

(三)  同6(三)の事実は否認する。

三  抗弁(印税の計算方法の変更の合意 請求原因3に対して)

1  被告は、平成五年一二月ころ、原告哲朗に対し、平成六年度以降、本件各教材を始めとする研修用教材の印税の計算方法につき、一般に頒布するものの印税額は、従来どおり頒布価格の一割とするが、研修に使用するものの印税額は、総務部から研修部へ教材を引き渡したときにその対価として研修部から総務部へ振り替えられる価格(以下「研修振替価格」という。)の一割とする旨を通知し、原告哲朗はこれを承諾した。

2  被告は、平成七年五月二日、原告哲朗に対し、右計算方法によって計算した平成六年度の印税額を支払い、また、平成八年五月一四日、原告哲朗に対し、同様に計算した平成七年度の印税額を支払ったが、原告哲朗は、いずれも何らの異議を留めることなく受領した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

原告哲朗は、被告から、本件各教材の印税の計算方法を変更する旨の通知を受けたことはない。

2  抗弁2の事実のうち、被告が、平成七年五月二日、原告哲朗に対し、平成六年度の印税の支払をしたこと、平成八年五月一四日、原告哲朗に対し、平成七年度の印税の支払をしたこと、原告哲朗がこれらを受領したことは認め、その余の事実は否認する。

原告哲朗は、右の各支払を、異議を留めることなく受領したものではなく、平成六年度以降の印税について、入金を確認した都度、原告良枝を介して、被告に対し、電話により、印税額が減った理由及び金額算定の方法の詳細を問いただしたが、被告は説明をしなかった。

理由

一1  請求原因1(一)の事実のうち、原告哲朗が元横浜商科大学教授であること、原告良枝が原告哲朗の妻であることは、当事者間に争いがない。

甲第二号証、第三号証及び弁論の全趣旨によると、原告哲朗が国際観光論を専門とする学者であり、原告良枝が挿絵画家であることが認められる。

2  請求原因1(二)の事実は、当事者間に争いがない。

二1  請求原因2(一)の事実のうち、原告良枝が、本件各教材の挿絵を描き、その著作権を原告哲朗に譲渡したことは、甲第三号証及び弁論の全趣旨により認められる。その余の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(二)の事実のうち、本件挿絵が平成六年度版の教材Aの挿絵であることは、当事者間に争いがない。甲第三号証及び弁論の全趣旨によると、本件挿絵が原告良枝の著作物であることが認められる。

三  請求原因3及び抗弁について判断する。

1  請求原因3(一)、(二)(1)、(2)抗弁2のうち当事者間に争いのない事実、甲第二号証、第三号証、第五号証ないし第八号証、乙第一号証、第二号証、第三号証の一ないし四、証人内海充康及び同加藤淑子の各証言、原告哲朗本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告哲朗は、昭和四六年から被告の研修、試験委員となり、研修の実施、教材の作成などを行っていた。

被告の組織には、研修部、総務部などがあり、平成五年四月ころまでは、教材に関し、著者との交渉、印刷の発注、頒布など一連の業務を研修部が行っていた。

原告哲朗と被告は、教材について、昭和五四年ころ、原告哲朗は、被告に原告哲朗が執筆した教材の出版を許諾すること、その印税額は、教材一部当たりの頒布価格の一割に教材の出版部数を乗じた金額とすること、被告は、原告哲朗に対し、一年分の印税を一括して支払うことを内容とする出版許諾契約を締結し、被告は、これに基づいて本件各教材を出版し、原告哲朗に対して、一年間に出版した本件各教材の印税を毎年一括して支払ってきた。

(二)  被告においては、平成五年四月ころ、組織の改編があり、教材に関する業務のうち、著者との交渉、著作物の使用料の支払のみが研修部の業務とされ、それ以外の印刷の発注、頒布などは総務部の業務とされた。

そのころから、被告の内部において、頒布価格の一割に出版部数を乗じて算出する方法では印税額が高額過ぎるとして、印税額の計算方法の変更についての検討がされてきたが、平成五年九月ころ、被告は、教材に関する印税の計算方法を改め、被告が著者から著作権譲渡を受け、その対価を支払うという原稿買取方式によるか、又は、被告が著作権譲渡を受けず、一般に頒布するものの印税額は、従来どおり頒布価格の一割とするが、研修に使用するものの印税額は、研修振替価格の割とするという方式(以下「新たな印税方式」という。)によるかを各著者に選択させ、いずれかの計算方法により対価を支払うことにした。

(三)  平成五年当時、被告の出版する研修用教材を一番多く著作していたのは原告哲朗であったため、研修部事務局次長であった内海充康は、教材に関する印税の計算方法の変更について、著者の中で最初に原告哲朗との折衝を行った。

内海は、同年九月、原告哲朗と面談し、教材の対価について、著者から著作権譲渡を受け、その対価を支払うという原稿買取方式とするか、著作権譲渡を受けず、一般に頒布するものの印税額は、従来どおり頒布価格の一割とするが、研修に使用するものの印税額は、教材の印刷代金を基に被告部内で決められる研修部が仕入れる価格の一割とするかのいずれかに変更することを求め、後者の方式による場合は、従来よりも印税額がかなり減少することを説明した。原告哲朗は、検討する旨述べた。

原告哲朗は、同年一二月、内海と面談し、毎年の収入を確保することができる方がよいので、原稿買取方式への変更には応じられない、印税の計算方式が変更されて印税額が減少してもやむを得ない旨を述べた。

(四)  被告は、原告哲朗に対し、平成七年五月二日、新たな印税方式によって計算した平成六年度の印税額を銀行振込により支払い、また、平成八年五月一四日、新たな印税方式により計算した平成七年度の印税額を銀行振込により支払った。

研修振替価格は、教材の印刷代金に消費税相当額として一・〇三を乗じ、更に係数(平成六年度の本件各教材については、教材によって一・一又は一・三三七、平成七年度の本件各教材については、教材によって一・一〇六、一・一一三、一・一二、一・一五九)を乗じて算出された金額であって、これは、従来基準とされていた頒布価格よりもかなり低額であるため、平成六年度及び平成七年度に原告哲朗に支払われた印税額は、平成五年度の印税額よりも大幅に少なくなった。平成七年度の印刷代金額は、印刷会社が変わったこともあって、平成六年度の印刷代金額よりも、低くなったため、平成七年度の研修振替価格は、平成六年度の研修振替価格よりも低く、そのため、平成七年度の印税額は、平成六年度の印税額よりも少なくなった。

しかし、原告哲朗は、印税額の減少について特段の異議を述べることはなかった。

2(一)  原告哲朗は、本人尋問において、平成五年九月及び一二月に、内海と面談して、印税の減額について話し合ったことはない旨供述するが、この供述は、証人内海充康の証言及び同人の陳述書である乙第二号証に照らすと、到底信用することができない。

(二)  また、原告哲朗は、平成六年度以降の印税について、入金を確認した都度、原告良枝を介して、被告の加藤淑子課長に対し、電話により、印税額が減った理由及び金額算定の方法の詳細を問いただしたが、被告は説明をしなかった旨を主張し、原告哲朗の陳述書である甲第二号証及び原告良枝の陳述書である甲第三号証にも同旨の記述があり、原告哲朗は、その本人尋問において同旨の供述をする。

しかし、証人加藤淑子は、その証言において、原告良枝からそのような問い合わせを受けたことはない旨を供述している。また、印税が振り込まれた平成七年五月又は平成八年五月の段階で、原告哲朗が、印税の減額に同意していないにもかかわらず、一方的に減額されたのであれば、原告良枝を介して電話で問い合わせるなどという迂遠な方法によらず、被告の担当者と直接面談して問い合わせるなどしたと考えられるし、被告から説明がなかった場合には、更に被告に抗議することなども十分に考えられるところであるが、原告哲朗がこれらの行動に出たことを認めるに足りる証拠はないし、そのころ、原告哲朗と被告との間で印税の減額の有無をめぐって交渉等があったことを裏付ける証拠もない。したがって、原告良枝が、加藤淑子に対して、教材の印税について電話で問合せをしたことがあったとしても、それは、一方的な減額に対する抗議というようなものではなく、減額されることを前提として、その金額算定の明細書を送付することを求めるというようなものであったと推認される。

3(一)  右1(一)ないし(四)認定の事実によると、原告哲朗は、平成五年一二月に、被告との間で、本件各教材の印税額を平成六年度以降は新たな印税方式によって算定することに合意し、被告は、原告哲朗に対し、平成六年度及び平成七年度の本件各教材の印税を、新たな印税方式によって算出して支払ったから、平成六年度及び平成七年度の本件各教材の印税は全額支払済みであると認められる。

(二)  被告が、原告哲朗に対し、平成八年度分の印税を支払ったことを認めるに足りる証拠はない。

甲第八号証及び弁論の全趣旨によると、新たな印税方式によって算出した平成八年度の本件各教材の印税額は、八〇万四九一二円であると認められる。

(三)  したがって、原告哲朗の未払印税額の請求のうち、平成八年度の印税額中八〇万四九一二円の支払を求める請求は理由があるが、その余は理由がない。

四  請求原因4について判断する。

1  請求原因4(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因4(二)の事実のうち、被告が、平成八年一月ころ、原告哲朗に対し、本件シラバスの執筆を依頼し、原告哲朗と被告が、本件シラバスについて、平成八年度に一回限り一五〇部が印刷されるとに合意したことは、当事者間に争いがない。

3  甲第一号証、第二号証、第四号証、証人加藤淑子の証言、原告哲朗本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、原告哲朗以外の教材の著者に、講師の手元用資料としてシラバスの作成を依頼することがあったが、そのときは、原稿用紙にして一〇枚ないし二〇枚程度のものが作成されることが多く、シラバスに対して特別の対価を支払うことはなかった。そのため、被告は、原告哲朗に対して本件シラバスの執筆を依頼した際には、特に対価の支払について考えていなかった。

(二)  原告哲朗は、平成八年四月一一日、原稿用紙二七二枚の本件シラバスの原稿を被告に引き渡した。これは、被告によって、一五〇部印刷され、平成八年度取扱主任者研修の講師及び講師養成研修の参加者に配布された。

(三)  原告哲朗は、本件シラバスについて当然使用の対価が支払われるものと考えていたため、右原稿引渡し後、被告に対して、対価の支払について質問した。

被告は、本件シラバスについて対価を支払うことにし、被告の研修部部長であった小島俊彦は、平成八年一〇月ころ、原告哲朗に対し、「平成八年度取扱主任者研修の教本シラバス作成作業に対する作業報酬の支払い案件」という題名で、シラバスの報酬支払方式を原稿買取方式による一時払とすること、報酬算定基準を、印刷一ページ当たり三〇〇〇円(A案)、五〇〇〇円(B案)、七〇〇〇円(C案)の算定基準案から決定すること、支払報酬金額は税込みで、A案によると三八万四〇〇〇円、B案によると六四万円、C案によると八九万六〇〇〇円であること等が記載された書面を送付した。

(四)  被告は、平成九年三月ころ、原告哲朗に対し、覚書という題名の書面(以下「覚書」という。)を送付した。覚書は、被告と原告哲朗との間の本件シラバスに関する契約条項を記載したものであり、原告哲朗から被告に対する著作権等の譲渡、権利譲渡の対価、類似する内容の執筆の制限、契約条項の疑義等についての協議などが定められ、末尾に、契約当事者双方の記名押印欄があり、その一方に、被告代表者の記名押印がされていた。このうち、覚書の著作権等の譲渡に関する条項は(以下、契約条項中の「甲」は被告を指し、「乙」は、原告哲朗を指す。)、「第1条 本契約により、乙は、乙が執筆した教本の原稿(以下「執筆原稿」という。)にかかる著作権、執筆原稿を原著作物とする二次的著作物の利用に関する権利その他の権利をすべて甲に譲渡するものとし、甲は、執筆原稿を自由に編集、翻案、翻訳、出版、複製、再編集、転用し得るものとする。」とされており、、権利譲渡の対価に関する条項は、「第3条 甲は、乙に対し、第1条の権利の譲渡の対価として、本覚書の締結後一五日以内に金一三六万円を支払う。」とされていた。同月二八日ころ、被告の研修部副部長であった平石泰基が原告哲朗の自宅を訪問し、覚書に署名するように求めたが、原告哲朗は、覚書の第1条に記載されたように著作権等を被告に譲渡することには同意することができないとして、覚書への署名を断った。

4  右3認定の事実によると、被告は、講師の手元用資料として、原稿用紙一〇枚ないし二〇枚程度のシラバスの作成を依頼することがあったが、そのときは、シラバスに対して特別の対価を支払うことがなかったため、原告哲朗に対して本件シラバスの執筆を依頼した際には、特に対価の支払について考えていなかったことが認められるが、本件シラバスは、従来対価の支払をしなかったシラバスと異なり原稿用紙にして二七二枚という大部なもので、一五〇部印刷され、平成八年度取扱主任者研修の講師及び講師養成研修の参加者に配布されたことが認められるから、社会通念上、執筆の対価の支払をすべきものであったということができる。そして、右3認定の事実によると、原告哲朗は、当然対価が支払われるものと考えており被告も、原稿の引渡しを受けた後、対価を支払うこととして、平成八年一〇月ころ、その支払方法を提案したことが認められるから、被告と原告哲朗との間においては、遅くとも、平成八年一〇月ころまでには、本件シラバスに対する相当額の対価を支払うという黙示の合意が成立したものと認められる。

原告哲朗は、本件シラバスに対する対価につき、被告との間で総額一三六万円とする合意が成立したと主張するが、原告哲朗は、右3(四)認定の一三六万円という金額が記載された覚書への署名を、覚書第1条に記載された著作権等の譲渡に同意することができないとして断っているから、覚書によって右合意が成立したものと認めることはできない。また、原告哲朗は、本人尋問において、右3(四)認定の覚書への署名を求められる前に小島から電話で本件シラバスの対価を一三六万円とする旨の連絡を受けたとの供述をすが、その供述はあいまいで変遷しており、直ちに信用することができない。仮に、そのような連絡があったとしても、右3(三)(四)認定の事実からすると、著作権の譲渡を前提とするものであったと認められ、原告哲朗は、右のとおり著作権の譲渡には同意していないのであるから、原告哲朗と被告との間で、右電話連絡によって、本件シラバスに対する対価を総額一三六万円とする合意が成立したものと認めることはできない。そして、他に、原告哲朗と被告との間において、本件シラバスに対する対価の額について合意した事実を認めるに足りる証拠はない。

そこで、本件シラバスに対する対価の相当額について判断するに、右のとおり、原告哲朗と被告との間において、本件シラバスについて被告に著作権を譲渡するという合意が成立したとは認められないこと、本件シラバスに対する被告の利用行為は、一五〇部複製するというものであることからすると、対価の額としては、右複製行為に対する対価の額として考えるのが相当であるところ、当事者間に争いがない請求原因4(一)の事実、請求原因4(二)の事実のうちの争いのない事実及び右3(二)の事実によると、本件シラバスは、被告において講師用の資料として必要であったため、原告哲朗に依頼したものであること、原告哲朗は、これに応えて、原稿用紙にして二七二枚の本件シラバスを執筆して、被告に引き渡したこと、本件シラバスは、当初から一五〇部印刷することが予定されていたのみであったこと、以上の事実が認められ、この事実に、右3(三)(四)認定の交渉経過や、証人内海充康の証言により、被告の取扱いでは、原稿買取方式の場合と印税方式で金額に格段の差異がないものと認められることを総合すると、右対価の金額としては、七〇万円が相当であると認められる。

したがって、原告哲朗のシラバスの執筆料の請求のうち、七〇万円の請求は認められるが、その余は理由がない。

五  請求原因6について判断する。

1  請求原因6(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  請求原因6(二)の事実のうち、被告が平成七年度から本件各教材の印刷会社を変更したことは、当事者間に争いがない。

3  平成七年度版の教材Aの挿絵が本件挿絵の同一性保持権を侵害するかについて判断するに、検甲第一号証及び第二号証によると、平成七年度版の教材Aの挿絵は、本件挿絵と同一の絵柄であり、本件挿絵と比較して絵全体が若干薄いものもあるが、その差はごくわずかであり、絵の大きさ、輪郭、絵の中の墨の濃い部分と淡い部分の明暗の度合いはほぼ同じであることが認められるから、同一性保持権が侵害されたとは認められず、他に同一性保持権が侵害されたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告良枝の請求は、理由がない。

六  以上によると、原告哲朗の請求は、右三4(二)の八〇万四九一二円及び右四4の七〇万円の合計一五〇万四九一二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却し、原告良枝の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)

別紙

原告増田良枝が作成した著作物(挿し絵)の特定

番号 著作物(「観光地理概説」第一巻1994年度版) 頁 侵害物(「観光地理概説」第一巻1995年度版) 頁

1 表紙及び中表紙 同上

2 図I-1-1 地球 2 同上 2

3 図I-1-2 地球の運動 2 同上 2

4 図I-2-1 地球と太陽との位置関係 5 同上 5

5 図I-2-2 地球の公転と季節 5 同上 5

6 マンモスゾウ 15 同上 15

7 プラキオサウルス 15 同上 15

8 図I-5-1 地球の層構造 23 同上 23

9 図I-5-2 地球の内部構造 23 同上 23

10 図I-6-2 阿蘇山(カルデラ) 30 同上 30

11 桂林(中国)付近のカルスト地形 83 同上 83

12 図I-9-3 三角州のいろいろ <1>ミシシッピ川三角州 <2>ナイル川三角州 <3>チベル川三角州 <4>セーヌ川三角州 45 同上 45

13 図I-9-4 地溝と断層崖 48 同上 48

14 メキシコの国旗の中央部にデザインされたサボテン 53 同上 53

15 マカク ゴリラ ヒト 78 同上 78

16 (猿人)(原人)(旧人)(新人) 79 同上 79

17 バベルの塔 88 同上 88

18 エジプトのれんが工場における奴隷の労働 103 同上 103

19 ユダヤ教の指導者モーセ像 104 同上 104

20 ダビデ像 108 同上 108

21 竪琴のレッスン 109 同上 109

22 ミケランジエロ作「ピエタ」 120 同上 120

23 図Ⅱ-4-2 メッカに向かって捧げるイスラム教徒の祈りの形式 135 同上 135

24 女神サラスヴアティー(弁才天) 142 同上 142

25 アルジユナに真理を説く御者のクリシユナ 157 同上 157

26 ブラフマー神 162 同上 162

27 ヴィシユヌ神 162 同上 162

28 シヴァ神のシンボルのリンガ 165 同上 165

29 象頭神のガネーシャ 166 同上 166

30 降魔坐 179 同上 179

31 吉祥坐 179 同上 179

32 裏表紙 同上

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